医療コラム「疲れ・むくみは甲状腺機能低下症のサイン? 見逃しやすい症状と受診のタイミング」

5月から始まりました南池袋パークサイドクリニックの新コーナー、甲状腺専門医が皆さんの疑問にお答えするコーナー、第三回となりました。
先日外来の時に患者様から「コラムを読んで自分の病気のことがより分かりました」と言っていただけて嬉しかったです。こちらのコーナーが皆さんの甲状腺への理解を深め、必要な方が適切なタイミングで甲状腺専門の先生と出会えることの一助になりますように・・・・。

今回のテーマはこちらです

『疲れやすさやむくみは甲状腺機能低下症のサイン?見逃しやすい症状とは』

皆さん、特に女性の皆様は「甲状腺機能低下症」「橋本病」「バセドウ病」などの甲状腺機能に関わる病名を聞いたことがあると思います。ご自身や家族、お友達にこういった病気の方がいる場合はもちろんですが、周りには1人も居ませんという方でも聞いたことがあるのではないでしょうか。
美容室などに置いてある女性向けの雑誌を読むと後半の部分に“気を付けよう!女性に多い○○”などのタイトルで女性に多い病気の特集が組まれているのを頻繁に目にします。婦人科系の疾患と共にこういったテーマで扱われやすいのが甲状腺機能に関わる病気です。
よく見たり聞いたりはするけれど、実際にどんな病気なのか詳しくは分からないという方が多いのではないでしょうか。今回は、「甲状腺機能低下症」について詳しく見ていきます。

そもそも甲状腺とはどのような臓器なのでしょう?

甲状腺はのどぼとけの骨(女性にもあります)の下にある蝶々のような形をした臓器の名前です。甲状腺の外来では「甲状腺」を病名だと思っている患者さんをお見掛けしますが、甲状腺とは臓器の名前です。

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各臓器には役割がありますが、甲状腺の役割は「甲状腺ホルモン」を作って分泌することです。「甲状腺ホルモン」は代謝の調節をしたり、胎児の発達や小児の成長に関わっています。

さて、皆さんは自分の甲状腺ホルモンの状況(甲状腺機能)が問題ないかどうかご存知ですか?おそらく、多くの方は甲状腺ホルモンを測定した経験がないのではないでしょうか。
例えば、血圧などは病院にかかったことが無いような方でも、自分の血圧がだいたい問題ないか、あるいは高め・低めかどうかくらいは認識している方が多いのではないでしょうか?ごくごく、簡単な職場の健康診断などでも血圧測定がありますし、スポーツジムや献血など血圧測定の機会は多いものです。
それに対して甲状腺ホルモンに関しては、人間ドックなどでも場合によっては追加料金を払ってオプション検査を申し込まないと測定されないくらいなので、何か気になることがあってわざわざ検査を申し込んだり病院へ受診しない限り検査を受けることのない項目となります。私でさえ、数年前に初めて自分の甲状腺ホルモンを測定したくらいです。ちなみに、全く症状はありませんでしたが、軽度の異常がありました(^^;

どういう点に気を付けていれば、上手に良いタイミングで甲状腺ホルモンの検査が受けられるのでしょうか。甲状腺機能低下症についてみていきながら、まとめてみたいと思います。

甲状腺機能低下症

甲状腺機能低下症という病名は、何らかの原因で甲状腺ホルモンの作用が低下していることを指しており、甲状腺ホルモンが足りないあるいは足りていたとしてもその作用が足りていない状態を言います。甲状腺は甲状腺ホルモンを作る役割の臓器なので、甲状腺そのものの問題で甲状腺ホルモンを作ったり分泌したりする機能が低下している場合もあれば、甲状腺に「甲状腺ホルモンを作って分泌してくださいね」と指令を出している脳の下垂体の機能が低下している場合もあります。また、甲状腺ホルモンがきちんと分泌されていても、作用する相手の臓器が反応せず作用が発揮できないということもあります。
例えば、甲状腺の腫瘍があるなどの理由で甲状腺全摘(甲状腺を全部摘出する手術)を受けた方は、甲状腺がない=甲状腺ホルモンを作れないため甲状腺機能低下症となります。
この様に、甲状腺機能低下症の原因はさまざまですが、甲状腺機能低下症の原因でもっとも多く一般にも広く知られているのが橋本病(慢性甲状腺炎)となります。

皆さんの中には、甲状腺機能低下症=橋本病(慢性甲状腺炎)だと思っている方がいらっしゃると思います。橋本病(慢性甲状腺炎)は、甲状腺機能低下症の最も多い原因ではありますが、橋本病(慢性甲状腺炎)の人は必ずしも甲状腺機能低下症になっているとは限りません。

甲状腺機能低下症の症状

先ほど甲状腺ホルモンは代謝の調節をしたり、胎児の発達や小児の成長に関わっているとお伝えしました。ここでは小児については省いて、成人の方での代謝の調節についてみていきます。甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモンの作用が低下するので、代謝の調節がうまくいかなくなることによる症状が甲状腺機能低下症の症状となります。

具体的には
・からだの代謝が低下してエネルギー不足となり:無気力、疲労感(疲れやすい)
・基礎代謝が低下して:体重増加やむくみ、寒がり・手足の冷感
・皮膚・爪・毛髪の新陳代謝への影響:皮膚の乾燥、爪の変化(薄い割れやすい)、脱毛
・脳での神経伝達が低下:集中力の低下、うつ症状
・腸の蠕動運動が低下:便秘・腹部膨満感
・妊娠の成立、維持に関連するため:不妊、流早産など
・卵巣機能の鈍化、排卵周期への影響:月経異常、無月経など

受診のポイント

今回のテーマ『疲れやすさやむくみは甲状腺機能低下症のサイン?』の答えはどうなるでしょうか? 上記症状一覧を見ていただくと分かるように「疲れやすさやむくみ」は甲状腺機能低下症のサインです。
ですが、これがあったら甲状腺機能低下症ですよ!と言えるような特徴的な症状とは言いにくいです。例えば「ものもらい」の症状は特徴的なので皆さんでもその症状がある人を見たら「それ“ものもらい”じゃない?眼科に行ったら?」と思うと思います。疲れやすさやむくみの場合、残念ながらこの症状がある人のごく一部に甲状腺機能低下症があるという程度でしょう。では、これがあったら甲状腺機能低下症!という症状があるのか?というと、またまた残念ながらありません。

まず、甲状腺機能低下症は、昨日までは完全に正常であったのに今日になったらひどい甲状腺機能低下症になりましたということがありません。じわじわと進むので自分の体の変化に気づきにくいという特徴があります。さらに、甲状腺機能低下症の自覚症状の感じ方の個人差が大変大きいことも特徴的です。受診した患者様で、血液検査結果はひどい甲状腺機能低下症でも「特に何も症状は感じません」とおっしゃる方もいます。また、上記に挙げた通り甲状腺ホルモンの作用は全身に及んでいるため症状も特徴的なものに絞れません。
これらの理由で、○○があったら甲状腺機能低下症を(強く)疑う!ということができないのが厄介なところです。

疲れやすさやむくみは、雑誌などでも紹介されており皆さんにとっても有名な症状であるとともに実際に甲状腺機能低下症の代表的な症状であるので、これらの症状を感じたら(特に強く長く感じている場合)、一度は甲状腺機能をチェックすることをお勧めします。
うつ症状や月経不順なども真っ先に甲状腺を思い浮かべる症状ではないものの甲状腺機能低下症が原因である可能性はありますので、上記の症状全体を通して気になる症状がある場合は、やはり一度検査を受けてみることをお勧めします。

みのがしやすい症状とは?

では今回のテーマの2つ目の疑問、みのがしやすい症状はあるのでしょうか?
私たちの外来で治療を要する程度の甲状腺機能低下症と診断される方は、意外かもしれませんがご自分では特に症状を感じていない方も多くいらっしゃいます。これらの方は、甲状腺機能異常を疑うようなことがあり血液検査を行ったら甲状腺機能低下症と判明した方々です。
自覚症状はないのですが、甲状腺機能低下症を疑う状況というのは ①不妊症 ②肝機能障害 ③脂質異常症などです。これらの状況では病院へ受診した際や健康診断での血液検査でそれらの所見があり、原因の一つとして甲状腺機能異常を疑われるという経緯となります。
多くはないですが、健康診断という点では心電図に異常が出る場合もあります(徐脈など)。自覚症状はないので、「みのがしやすい症状」には当てはまらないものの、健康診断で再検査や要精密検査の判定が出ていても忙しいなどを理由に再検査や精密検査を受けずに過ごしている方がいらっしゃるのも事実ですので、健康診断で肝機能障害や脂質異常症、あるいは心電図異常・医師の診察で「甲状腺腫大」などを指摘された場合にはやはり一度甲状腺の検査を受けてみることをお勧めします。

また、自覚症状がある方では疲れやすさやむくみの他、実は便秘や腹部膨満感がご自身で感じやすい症状なのではないかと思います。便秘や腹部膨満感ではおなか(消化器)の先生のところへ受診されるのが通常ですし、それで問題ないと思いますが、私自身の経験で甲状腺機能低下症と診断された方が、診断時あるいは治療で甲状腺機能が正常化した後に「そういえば」といった感じで自覚される症状の一つとなっているので、長く続く場合やそのほかにも思い当たる症状がある場合には甲状腺の検査を受けてみられても良いと思います。

いかがでしたでしょうか、

疲れやすさやむくみの様な代表的な症状を含めて今回挙げたような甲状腺機能低下症の症状は、実際に甲状腺機能低下症のみなさんが自覚するという訳でもないですし、この病気ならではの特徴的な症状もないため、実際には自覚症状で見極めるのが難しいのが甲状腺機能低下症であるということをご理解いただけたでしょうか。
甲状腺機能低下症は年齢が上がるに従い有病率が上昇し(増えていく)女性に多い病態です。日本甲状腺学会の実態調査では治療を要するような甲状腺機能低下症の頻度は0.5-0.69%、約200人に1人と報告されているので決して珍しい病気ではありません。

良いタイミングで見つけるポイントは、下記に挙げるような場合には、しっかりと時間を取って一度検査を受けてみられることと言えます。
① 甲状腺機能低下症の代表的な症状の例を見て当てはまる場合
② 気になる症状は全く思い当たらないものの、健康診断や病院受診時に指摘を受けた場合
③ ご家族に甲状腺疾患があって気になることがある場合
(甲状腺機能障害はご家族で似たような病態が出ることが多い病気です。)

自覚症状が余りない方も多い甲状腺機能低下症に関しては、私たち専門医でも診察で見極めるのはなかなか難しく、血液検査での確認が一番です。
当院では、甲状腺機能低下症やその原因となる橋本病(慢性甲状腺炎)の診断と治療開始に必要な血液検査と超音波検査の結果は当日分かります(血液検査の測定時間は1時間程度)。時間に余裕をもって受診していただければ当日に治療開始可能です。
今回の記事を参考に甲状腺機能低下症かもしれないな?と思ったらぜひ甲状腺の検査を受けてください。

初めての方は、こちらの予約ページからネット予約が可能です。また、お電話でのご予約も承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた人:
川真田 明子(かわまた あきこ) 医師・医学博士

甲状腺・副甲状腺疾患、乳腺疾患を中心に、内分泌外科領域全般を専門とする。日本外科学会専門医、日本乳癌学会認定医、マンモグラフィー読影認定医、日本内分泌外科学会 内分泌・甲状腺外科専門医、日本甲状腺学会専門医、がん治療認定医、日本超音波医学会専門医・指導医などの資格を有する。当院で甲状腺や乳腺の診療を行っている。